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漢方偉人伝 本間棗軒(ほんまそうけん)
「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 本間棗軒(ほんまそうけん)」を公開しました!
江戸時代に大手術を成功させた天才外科医・本間棗軒
麻酔もままならない江戸時代、
絶望的とされた大手術を日本で成功させた一人の医師がいました。

その人物が、
本間棗軒
です。
彼は伝統的な漢方と最先端の西洋医学を融合させた
「和蘭折衷」
の代表的な医師として知られています。
今回は、日本医学の発展に大きく貢献した本間棗軒の生涯をご紹介します。

日本最高峰の師たちから学んだ
本間棗軒の最大の特徴は、
その圧倒的な学習意欲にありました。
彼は全国を巡り、
当時最高峰の医師や学者たちから知識を学び続けました。
まず、
漢方の名医
原南陽
に師事します。
その後、
江戸で
杉田立卿
から蘭方医学を学びました。
さらに、
儒学者
太田錦城
のもとで儒学や経学も修めています。

シーボルトにも学んだ
棗軒の探究心はそれだけでは終わりませんでした。
長崎へ赴き、
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト
が指導する
鳴滝塾
で最新の西洋医学を学びます。
さらに京都でも研鑽を積み、
最後には
華岡青洲
の門下に入り、
外科手術や麻酔術を学びました。
まさに、
漢方と蘭方の両方を極めた医師だったのです。

江戸で名外科医として活躍
修業を終えた棗軒は、
江戸の神田で開業しました。
ここで彼は、
華岡流外科を用いた高度な手術を数多く行います。
特に有名なのが、
壊疽によって命の危険にさらされていた患者への
大腿切断手術の成功です。
当時としては極めて高度な医療技術でした。

水戸藩主に認められる
その評判はやがて
徳川斉昭
の耳にも届きます。
棗軒は水戸藩医として召し抱えられ、
藩の医療発展に大きく貢献しました。
多くの命を救った功績から、
「救」
の字を与えられたという逸話も伝えられています。

弘道館で後進を育成
その後、
水戸藩の藩校である
弘道館
の医学館教授となり、
若い医師たちの育成に尽力しました。
医療制度の整備にも取り組み、
地域医療の発展にも大きな役割を果たしました。
『瘍科秘録』を執筆
棗軒は臨床だけでなく、
医学知識の体系化にも力を注ぎました。
代表的な著作が
瘍科秘録
です。
この書物には、
華岡流外科の技術や治療経験がまとめられており、
幕末から明治期にかけて多くの外科医たちの教科書となりました。
漢方と西洋医学をつないだ医師
本間棗軒は、
漢方か西洋医学かという対立にとらわれず、
患者を救うために有効な知識を積極的に取り入れました。
その柔軟な姿勢と卓越した技術は、
後の日本近代医学の発展にも大きな影響を与えています。
彼の功績は、
日本の外科医療の歴史を語るうえで欠かすことのできないものなのです。
西漢方薬店ではオンラインでの漢方相談をおこなっております。
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この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
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