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漢方偉人伝 奥田謙蔵(おくだ けんぞう)
「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 奥田謙蔵(おくだ けんぞう)」を公開しました!
漢方が消えかけた時代に、その灯を守り続けた名医。奥田謙蔵が築いた近代漢方医学
西洋医学が急速に発展する中、日本の漢方医学は長い間、厳しい逆風にさらされていました。
そんな時代に、伝統的な漢方医学を守り抜き、現代へと受け継いだ一人の医師がいました。
その人物こそ、近代漢方医学の発展に大きく貢献した奥田謙蔵です。
今回は、漢方復興を支えた名医・奥田謙蔵の生涯をご紹介します。

代々続く漢方医の家に生まれる
奥田謙蔵は1884年、代々漢方医を営む家系に生まれました。
奥田家は、江戸時代から続く古方派、とりわけ吉益東洞の流れを受け継ぐ「吉益流」の学統を大切に守り続けていました。
古方派とは、中国の古典である『傷寒論』や『金匱要略』を診療の基本とし、難しい理論よりも患者の症状や腹診を重視する実践的な医学です。
謙蔵は日本医学専門学校で西洋医学を学んだ後、父のもとで家伝の漢方医学を徹底的に学び、両方の医学を身につけた医師となりました。

漢方冬の時代に開業する
謙蔵が医師として歩み始めた大正時代は、漢方医学にとって非常に厳しい時代でした。
西洋医学が医療の中心となり、漢方を専門とする医師はごくわずかしか存在しませんでした。
そんな逆風の中、1924年、東京で漢方専門医として開業します。
漢方だけで診療を続けることは容易ではありませんでしたが、確かな診療技術と豊富な経験によって、多くの患者から信頼を集めていきました。

湯本求真も認めた実力
その卓越した臨床能力は、日本漢方復興の中心人物であった湯本求真にも高く評価されました。
湯本は、自らの代表作『皇漢医学』のあとがきを奥田謙蔵に託しています。
さらに、自身の後継者として期待していたとも伝えられており、それほどまでに厚い信頼を寄せていました。

漢方診断の真価を示した一例
奥田謙蔵の臨床能力を象徴する有名な症例があります。
心不全によって全身がひどくむくみ、命の危険にあった女性がいました。
奥田は患者の腹診と症状を丁寧に観察し、その人に最も適した漢方薬を選びました。
すると服用後、大量の尿が排出され、翌朝には全身のむくみが消え、大きく回復したと伝えられています。

この治療は、漢方の基本である「方証相対」の考え方を見事に実践した代表例として知られています。
方証相対とは、病名ではなく、その患者の体質や症状に最も合う処方を選ぶという漢方医学の基本理念です。

現代漢方へ受け継がれた功績
奥田謙蔵が守り続けた古方派の診療技術と教育は、多くの弟子たちへ受け継がれました。
その流れは戦後の漢方復興にも大きく貢献し、現在では大学病院や医療機関で行われている漢方診療にも、その考え方が生かされています。
西洋医学が中心となった時代にも伝統を守り続けた奥田謙蔵の努力があったからこそ、日本漢方医学は現代まで受け継がれてきたのです。

西漢方薬店ではオンラインでの漢方相談をおこなっております。
自分の症状にどのような漢方薬が合っているか、漢方の専門家にご相談ください。

この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
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