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漢方偉人伝 許国禎(キョコクテイ)
「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 許国禎(キョコクテイ)」を公開しました!
許国禎:元朝に医と政治の両輪で貢献した名臣の軌跡
中国元朝の歴史の中に、医学と政治の両分野で功績を残した異色の人物がいます。
その名は許国禎(きょ こくてい)、字を進之。現在の山西省曲沃県の出身です。

フビライに仕えた信頼厚き医師
許国禎は若い頃から経史に通じ、医術にも秀でた学識の高い人物でした。
まだフビライが藩王だった時代から、王府の医薬を担当する重要な役職に就き、
その知識と忠誠心により深い信頼を獲得していきました。
軍にも帯同し、政治の中枢へ
雲南の大理国攻略や鄂州攻撃といった軍事行動にも従軍し、
単なる医師ではなく機密にも関与する側近として活躍します。
フビライが皇帝に即位すると、許国禎は太医院のトップである「提点太医院事」に任命され、
その後も順調に出世を重ね、1275年には礼部尚書として政治の中枢へ。
さらに翰林集賢大学士へと昇進し、1284年には医学者たちとともに薬学書『本草』の改訂を命じられるまでに至りました。
医術は母からの血脈
彼の母・韓氏もまた特筆すべき人物です。
フビライの母に仕え、医術だけでなく、料理の調味にも卓越した腕前を持っていました。
各地から献上される美酒や珍味を管理し、王家の食膳を支えた存在だったのです。
晩年とその評価
許国禎は76歳で亡くなりますが、その後、忠義と賢徳を称えられ、忠憲の諡号が贈られました。
さらに後年には薊国公に追封され、歴史に名を刻む人物となりました。
現代にも通じる「医」と「公」の精神
許国禎の生涯は、優れた医術と誠実な人格、政治的見識が融合した、まさに理想的な医師像を示しています。
一人の医師が、王に信頼され、軍事・政治・医学のあらゆる場面で活躍する姿は、
現代の医療人にも多くの示唆を与えてくれる存在です。
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西漢方薬店では、こうした歴史的知恵も大切にしながら、
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漢方の専門家にぜひご相談ください。

この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
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