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漢方偉人伝 沈金鰲(しんきんごう)
「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 沈金鰲(しんきんごう)」を公開しました!
清朝の名医・沈金鰲
― 儒学者から医師へ転じた「慎重さ」を極めた名医 ―
清朝中期、中国医学史に独特の存在感を放つ医師がいます。
その名は 沈金鰲。
儒学者としての深い素養を持ちながら、
40歳を前に医学へ転身した異色の経歴は、
彼の医術と学術姿勢を理解するうえで欠かせません。

儒学の道から医学へ
沈金鰲は1717年、江蘇省無錫に生まれました。
字は芊緑、号は汲門。
幼少期から学問を愛し、経書・史書に精通し、詩文にも優れていました。
乾隆年間に挙人となるものの、
進士試験には何度も挑戦して叶わず、
最終的に彼は人生の進路を医学へと転じます。
「良相になれないなら、良医になろう」
この信念のもと、名医・孫慶曾に師事し、本格的に医道へ入りました。
診断力を示した肝病の名例
ある時、名士の周文俊が肝病を患いました。
当時の医師たちはこれを「湿証」と判断し治療していましたが、
症状はむしろ悪化し、
- 口の渇き
- 歯の黒ずみ
といった徴候が現れていました。
沈金鰲はここに着目し、
肝火の旺盛による病態と診断。
肝を平らげ、火を清める処方を行うと、
患者は速やかに回復したと伝えられています。
この例は、
「病名ではなく病態を診る」
沈金鰲の診断哲学を象徴する逸話です。
儒学が支えた医学的統合力
沈金鰲の医術の根底には、
40歳近くまで専心した儒学の素養がありました。
- 物事を全体から捉える視点
- 原典を尊重する姿勢
- 論理と実証を重んじる態度
これらが医学と融合し、
独自の安定した診療体系を形作っていったのです。
「書けないことは書かない」という学術倫理
沈金鰲は、著述においても極めて慎重でした。
『幼科釈謎』では小児科の24症候を詳述していますが、
天花(天然痘)だけはあえて記載していません。
理由は明確でした。
「師から直接学んでいない分野を、推測で語るべきではない」
この姿勢は、
彼の厳密で誠実な学術精神をよく表しています。
医学全書『沈氏尊生書』
沈金鰲の集大成ともいえる著作が
沈氏尊生書 です。
この全書には、
- 脈診
- 雑病
- 傷寒論
- 婦人科
- 小児科
- 薬物学
など、7つの専門分野が体系的に収録されています。
中でも、
- 「脈象統類」:27種の脈象を整理
- 「諸脈主病詩」:脈と病の関係を詩で表現
といった工夫は、
臨床家にとって非常に実用的なものでした。
実践を重んじた名医の精神
沈金鰲の医学は、
- 厳密で
- 客観的で
- 憶測を排し
- 実践を重視する
という一貫した姿勢に貫かれています。
儒学と医学を融合させたその姿勢は、
清代医学の中でも静かながら確かな光を放つ存在でした。

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この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
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