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漢方偉人伝 惲鉄樵(うんてつしょう)
「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 惲鉄樵(うんてつしょう)」を公開しました!
3人の息子を失った父が医学を変えた
惲鉄樵という近代中医学の守護者
3人の我が子を次々と病で失った一人のエリート文学者。
絶望の淵に立たされたその男は、自ら医学を学び、
やがて中国医療の歴史を根本から覆す存在となりました。
その人物こそ、清末から民国期に活躍した惲鉄樵(うん てっしょう)です。

文学界の俊英から医学の世界へ
惲鉄樵は、著名な雑誌『小説月報』の編集長を務めた文学界のエリートでした。

あの文豪・魯迅の才能をいち早く見出し、
世に送り出した立役者でもあります。
順風満帆に見えた彼の人生は、
1916年から翌年にかけて大きく変わります。
3人の息子を腸チフスなどの病で立て続けに失ったのです。

絶望からの決意
医師たちの無力さを目の当たりにした彼は、
「自分で学ぶしかない」と決意します。
東洋医学の古典『傷寒論』を死に物狂いで読み込み、
理論と臨床を徹底的に研究しました。

そして4人目の子が発病した際、
自ら処方した薬でその命を救います。
この経験が、彼を医学の道へと導きました。

中医学廃止の危機
1920年、彼は文学の道を捨て、医師として開業します。
当時、中国では西洋医学の流入により
「中医学は非科学的だ」として全面廃止を求める運動が激化していました。
伝統医学は存続の危機に立たされていたのです。

『群経見智録』という反撃
惲鉄樵は沈黙しませんでした。
『群経見智録』を出版し、
論理的かつ体系的な反論を展開します。

彼の核心的な主張はこうでした。
西洋医学の「臓器」と
中医学の「臓腑」は、
そもそも概念が異なる。

臓腑は機能的システムである
中医学における臓腑は、
単なる解剖学的な器官ではありません。
春夏秋冬という自然のサイクルと結びついた、
機能的なシステムです。
つまり、
中医学は物質構造を扱う医学ではなく、
機能と関係性を扱う医学である。
この明確な定義によって、
理論的な矛盾は見事に整理されました。

近代中医学を救った論理
惲鉄樵は通信教育などを通じて多くの弟子を育成し、
近代中医学の理論的基盤を築きます。
彼がいなければ、
東洋医学は歴史から姿を消していた可能性もあります。
家族への深い愛情と、
文学者として培った鋭い論理。
その両方があったからこそ、
彼は医学を守ることができました。

悲劇から生まれた希望
3人の子を失うという計り知れない悲劇。
しかしその痛みが、
中医学を守る大きな力へと変わりました。
惲鉄樵の執念と論理は、
今もなお東洋医学の礎として生き続けています。

西漢方薬店ではオンラインでの漢方相談をおこなっております。
自分の症状にどのような漢方薬が合っているか漢方の専門家にご相談ください。

この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
どうぞお一人で悩まずに、気軽にご相談ください。


