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漢方偉人伝 余雲岫(ようんしょう)

「西漢方薬店 漢方チャンネル」に「漢方偉人伝 余雲岫(ようんしょう)」を公開しました!

伝統医学を否定した男が残したもの

余雲岫と中国医学の大転換

自国の伝統医学を「非科学的」と断じ、
消滅させようとした人物がいました。

その名は 余雲岫(よううんしゅう)

今回は、中国医学の歴史を大きく揺るがした彼の生涯と、その影響について解説します。


日本留学で形成された思想

1908年、余雲岫は日本へ留学します。

彼は現在の大阪大学にあたる大阪医科大学で、
最先端の西洋医学を学びました。

この経験が、彼の思想の土台を作ります。

それは
「医学は科学的でなければならない」
という強い信念でした。


「新医」と「旧医」という対立

帰国後、余雲岫は医学を二つに分けて考えます。

・西洋医学=「新医」
・中国伝統医学=「旧医」

そして、陰陽五行説などを基盤とする旧医を、
非科学的であるとして厳しく批判しました。

この主張は、当時の医学界に大きな衝撃を与えます。


旧医廃止案と全国的な反発

1929年、余雲岫はついに
「旧医登記案」を提出します。

これは、伝統医学を制度的に排除し、
最終的に消滅させることを目的としたものでした。

しかしこの提案は、
中国全土の中医師たちの強い反発を招きます。

全国規模の抗議運動が広がり、
最終的にこの廃止案は撤回に追い込まれました。


国医節の誕生

この出来事は、伝統医学側の大きな転機となりました。

その勝利を記念して、
毎年3月17日は「国医節」とされています。

これは、中医学が存続し発展していくうえで、
非常に重要な出来事となりました。


単なる否定者ではなかった余雲岫

一方で、余雲岫は単なる伝統医学の否定者ではありませんでした。

彼は「考証学」という科学的な手法を用いて、
古代の医学書の研究にも取り組んでいます。

その代表的な成果が
『古代疾病名候疏義』です。

この書物は、中国医学史において
重要な研究資料として現在でも評価されています。


近代化を促した存在

余雲岫の行動は、
一見すると伝統医学を否定するものでした。

しかし結果的には、

・理論の再検証
・科学的視点の導入
・医学体系の見直し

といった流れを生み出し、
伝統医学の近代化を促すきっかけとなりました。


対立が生んだ進化

歴史の中では、対立や衝突が
新たな発展を生むことがあります。

余雲岫の存在は、
中国医学に大きな危機をもたらしましたが、

同時にその価値を再確認し、
進化させる契機にもなりました。

彼の生涯は、医学のあり方を問い続けた
重要な一章と言えるでしょう。


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この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー 西 智彦(臨床歴20年)

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー 
西 智彦(臨床歴20年)

鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
どうぞお一人で悩まずに、気軽にご相談ください。

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