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漢方偉人伝 奈率王有稜陀(なそちおううりょうだ)
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海を越えてもたらされた医療革命――百済の名医・王有稜陀の功績

もし、病や怪我を治す最先端の技術が、遥か海を越えてやって来るとしたら――。
それは実は、古代日本で実際に起こった出来事でもあります。
今回は、百済から来日したエリート医師、奈率王有稜陀(なそちおううりょうだ)の功績について解説します。

国家プロジェクトとして始まった「医学導入」
時代は6世紀半ば、欽明天皇の時代(553年頃)。
当時の日本では、まだ体系的な医学が十分に整っておらず、
専門的な医療知識は限られていました。

そこで朝廷は、当時先進的な文化と技術を持っていた百済に対し、
- 医師
- 学者
- 技術者
といった専門家の派遣を正式に要請します。
これは単なる交流ではなく、
国を挙げて知識と技術を取り入れようとする大きな決断でした。

百済から来日したエリート医師・王有稜陀
この要請に応える形で、554年に来日したとされるのが、
医師 王有稜陀です。

彼は単なる医師ではなく、名前の前につく「奈率」という称号からも分かるように、
百済において高い官位(上位クラス)を持つ人物でした。
つまり彼は、
- 医学の専門知識
- 社会的地位
- 国家からの信頼
を兼ね備えた、いわばエリート医師だったのです。

知識だけでなく「実践」で日本の医療を変えた
王有稜陀の功績は、単に知識を伝えただけではありません。
彼は実際に、
- 薬を調合し
- 病人を診察し
- 治療にあたる
といった実践的な医療活動を行ったと考えられています。

これにより日本では、
- 生薬を使った治療
- 状態に応じた処方
- 実際に効果を検証する医療
といった考え方が広がっていきました。
これは、それまでの祈祷や呪術中心の医療から、
より実践的で体系的な医療への大きな転換点となります。
日本の医療水準を引き上げた存在
王有稜陀がもたらしたのは、単なる「新しい技術」ではなく、
- 医学という学問の視点
- 治療を組み立てる考え方
- 医療を社会に広げる基盤
でした。
その影響は、後の日本の医療制度や漢方医学の発展にもつながっていきます。
つまり彼は、日本の医療を一段引き上げた
“転換期のキーパーソン”だったといえるでしょう。

古代日本の医療は「交流」で発展した
この時代の日本の医療は、決して国内だけで発展したものではありません。
- 百済
- 新羅
- 中国大陸
といった外部からの知識や技術を取り入れながら、
徐々に体系化されていきました。
王有稜陀の来日は、その流れの中でも特に象徴的な出来事です。
つまり日本の医療の原点には、
国境を越えた知の交流があったのです。

まとめ
奈率 王有稜陀は、6世紀に百済から来日した医師で、
当時の最先端の医学知識と実践を日本にもたらした人物です。
彼の功績は、
- 医療技術の導入
- 実践的な治療の普及
- 医学的思考の定着
といった形で、日本の医療発展に大きく貢献しました。
私たちが今当たり前のように受けている医療も、
こうした先人たちの積み重ねの上に成り立っています。
海を越えて伝えられた一人の医師の知恵が、
日本の医療の未来を切り開いたのです。

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この記事を書いた人

西漢方薬店 漢方処方アドバイザー
西 智彦(臨床歴20年)
鍼灸師、マッサージ師の国家資格と医薬品登録販売者の資格を持ち、学術発表症例発表実績として第24回経絡治療学会学術大会東京大会『肝虚寒証の症例腰痛症』等、また伝統漢方研究会会員論文集の学術論文からメディア取材まで幅広い実績もあります。
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